第1159回 挨拶をすると、自分の存在感が確かめられます

 暖かい日曜日でした。昨日種ジャガの植え付けを8割方終え、今日の午前中で完了。作業中にお隣の家庭菜園愛好家の方から、苗が余ったと言うことで、絹さやをもらいました。

 苗のやりとりはもちろんありがたいのですが、この時に交わす何気ない日常会話が大事なんだろうなと最近思っています。もしここで会話がなければ、黙々と土を耕し、何らかの苗を植え、一人自己満足して作業を終えるわけですが、それだけではやはり物足りない。

 ちょっとでも会話があれば、自分という人間がこの世に存在していて、他人からも認めてもらえているということを自然に確認できます。

 人と人との繋がりが大事だと良く言いますが、基本は挨拶だと思っています。声をかける。かけられる。挨拶を返す。この単純な行為によって、ずいぶん人は救われているような気もします。

 私が早期退職前に自律神経失調症もどきになったころ、「あ~何もかもめんどくさい」「人と話すのも嫌だ」「最低限の仕事だけはやるしかないな」と思っていましたが、今振り返ればやはりかなり追いつめられていたと思います。

 自分からはほとんど挨拶をしなくなりましたが、それでも声をかけてくれる同僚がいて、そういった配慮に救われたなと今でも感謝しています。

 一方同じ教員という仕事をしていても、ときおり管理職の中に見られる傾向ですが、挨拶をしても返さない人がいます。下っ端のロクでもないと思われる教員の挨拶なんかに、いちいち挨拶なんて面倒だし、第一自分の価値が下がりそうだ、と思っているかどうかは分かりませんが、ともかくそういう管理職がいました。

 この場合、私から見ると二つのタイプがあるように感じていました。一つは本当に自分がものすごく偉いと信じていて、せいぜいがちょこっと頷く程度で、それが偉い人の行為だと勘違いしている管理職。

 もう一つが、管理職にはなってみたものの、あまりの忙しさに辟易。さらに自分の事務処理能力にも自信が無くなってきて、どちらかと言えば自暴自棄。面倒なことは一切やるもんかというタイプ。

 まあどちらも付き合いにくい管理職ですが、下っ端からは挨拶されるのが当たり前、なんていう身勝手な価値観を持っている管理職に限って、部下かkらは信用されていません。

 なんて過去に付き合った管理職の顔を思い浮かべながら、つい思いつくままに書いてしまいましたが、要はちょっとした挨拶が人間関係をスムースにして、なおかつ自分の存在感を高めてくれるということを言いたいだけです。
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hoku

Author:hoku
 高血圧、痛風の薬を毎日飲み続け、季節によっては喘息やアトピー症状に悩まされながら、健康に気を使っている60代前半のおっさんです。

 一時期、妻の突然の病死による家庭環境の激変と、仕事の重圧で、若干自律神経のバランスが狂ってしまい、体が勝手な反応をしていました(不眠、動悸、イライラ、悪夢、めまい等)

 しかし最近はなんとかその症状を乗り越え、これまで自身が体験してきた病歴と治療状況を詳細に報告しています。どなたかの参考になれば幸いです。

 ちなみに写真は私の大好きなハワイのダイヤモンドヘッドで撮影したものです。